大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(ラ)570号 決定

抗告人 勝弥之助

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、原決定を取り消す旨の裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

抗告理由第一点について、

本件記録中の不動産強制競売申立書(一丁以下)、和解調書正本(五丁以下)、強制競売開始決定(二〇丁以下)、更正決定(五四丁)によると、本件強制競売の基本とされた債務名義の内容をなしている債権は、有泉咲江外六名を原告、抗告人を被告、ウイリアム、H、ワダを和解参加人とする横浜地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一、〇〇四号損害賠償請求事件の執行力ある和解調書正本に基き、右債権者等が右和解参加人を主債務者とし、抗告人を連帯保証人として有する貸金七十二万円の元本債務のみで、その遅延損害金を含むものでないところ、原裁判所は昭和三十六年三月三日本件強制競売開始決定をなすに当り、右決定書に申立債権の表示として右貸金元本のほかに、誤つて、「一、金七万六千五百円也但し元金七十二万円也に対する期限の利益を喪失した翌日たる昭和三十四年一月一日より昭和三十六年二月十五日迄の年五分の割合による遅延損害金」をも記載したため、その後昭和三十六年六月六日右決定中の債権の表示を「一金七十二万円也但し貸金元本」と更正する旨の決定をなし、それが確定したことを認めることができる。従って、本件の強制競売開始決定は結局において上記の利息及び損害金については当初から記載されていないことになるのであり、他方、本件の強制競売開始決定に記載されている金七十二万円の元本債権については債務名義である和解調書に記載されているものと同一であることについては、抗告人も認めているのであるから、本件強制競売開始決定にはなんのかしもなく、競売を続行すべかざるものではない。もつとも、右更正決定は抗告人の主張のとおり、競売期日の前日になされて、抗告人に告知されたのは昭和三十六年六月八日であることは、抗告人主張のとおりではあるが、更正決定が確定した以上、その効力は遡及して生ずることは上記のとおりであるから、右競売期日が更正決定が抗告人に告知される以前になされたとしても、その一事で右競売期日の競売が違法となるものではない。この点について、抗告人は「抗告人は元本債権だけであつたならば或は競売期日までにこれを弁済して本件強制執行を免れえたかもしれない。従つて本件開始決定を前提としては競売手続の続行は許されない。」旨主張する。しかし、本件競売開始決定中の債権の表示に上記のような誤りがあつたからといつて、その一事で、債務者である抗告人の債務の弁済が妨げられたとは認めることはできない。もつとも、抗告人が本件元本債務の履行の提供をなしたのに、債権者が利息損害金も存在することを主張して、その受領を拒んだというような特別の事情が存するなれば、或は問題になる余地があるかも知れないが、右のような特別の事情の存在についてなんの主張、立証のない本件では、この点に関する抗告人の主張は採用できない。

抗告理由第二点について

本件債務名義である和解(口頭弁論)調書の和解条項第三項には、「被告(抗告人)は前各項の債務について連帯保証をなし、その履行の責に任ずること。」と記載されていることは、抗告人の主張するとおりであり、その文字のみからみれば、給付命令を現わしているものとは解し難いようである。しかし、本件記録中の和解調書正本(五丁以下)によれば、右和解条項の第一項で、主債務者である和解参加人が債権者等に対して金七十二万円の貸金債務あることを認めてこれを支払うべきことを明記しているので、右条項と第三項とを照し合せて考えると、本件債務名義は連帯保証人である抗告人に対する関係においても、一定金額の給付義務あることが文言上明白にされているのであつて、抗告人主張のように、たんに連帯保証という契約行為と履行責任の確認行為を示すにすぎないものとは解し難いので、右と反対の見解を前提とする抗告人の主張は採用できない。

従つて、本件抗告は理由がないので、これを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させて主文のとおり決定する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

抗告理由書

一、原決定は民事訴訟法第六七二条第一の「執行ヲ続行ス可ラサルコト」の規定に違反せる違法がある。即ち

本件競売開始決定には明かな違法があつて債務名義に基かない金七万六千五百円也の請求を許容した点を横浜地方裁判所も抗告人の競売開始決定の異議の申立に遇い競売期日の前日昭和三十六年六月六日職権に因り更正決定をなした。一般には強制執行は債務者は弁済に因り何時でもこれを免れ得る立場にあるので、請求債権額は弁済につき直ちに債務者の権利を守るために重大な影響がある或は請求債権を納得したとすれば例へば本件の立場のように元本債権だけであつたら或は競売期日までに弁済という方法で対抗したかも知れないということである、競売手続きの続行はあくまで適法の強制競売開始決定を前提とし、これに基づいてのみ続行が許されるこれが民訴法第六七二条第一の規定の趣旨である。

よつて本件の場合でも右更正決定が法律上の効力を生じなければ未だ不適法の競売開始決定は補正されないものである。その間は手続きを続行し得られないわけである、しかして本件更正決定は六月八日抗告人に告知されたもので競売期日の六月七日には未だ効力が発生せず従つて法律上は違法な開始決定に因つて断行せられたものといわなければならない、更正決定も「告知」によつてはじめて効力を生ずることは勿論であるからである、横浜地方裁判所は更正決定の必要を認めながらその効力発生を待たず敢て断行したのはいささか素直さを欠き結局「執行ヲ続行ス可カラサル」事由にあるにかゝわらず競売しこれを許可したるは違法で取消さるべきものと思料する、尤も請求金額は配当手続としてその際の問題としてのみ論ずる説もあるかも知れないが、抗告人は前述の理由でこの説に賛成し得られない。

二、本件競売申立は適法な債務名義に基づかない違法がある。債務名義を做す本件口頭弁論調書の内容は「被告は前各項の債務について連帯保証をなし、その履行の責に任ずること」と記載せられている、これは「連帯保証」という契約行為と「履行責任」の確認行為に過ぎない、金銭の給付は命ぜられていないと解釈されても仕方がないといえる、けだし金銭債権の強制執行を為すには公権力を使うのであるから明かに一定金額の給付義務が文言上明白でなけねばならない、反対解釈や類推解釈や拡張解釈では公権力を行使する場合は妥当でないと思料する。

依つて結局右競落許可決定は債務名義に因らざる強制競売であるから許可できないものであり従つて取消さるべきものと思料する。

右抗告申立致します。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例